【青い街灯の下で】
第二章 城嶋 1
「じゃあ、これで終わりです。
来週は附属中学校に加藤先生の授業を見に行くから、そのつもりで教材研究してきて下さい。
当日の動きは、狭山から連絡が行くと思うから、よろしくな。」
やっと一限の講義が終わった。
一限から授業があると一日が長い。
かといって迂闊にサボることもできない。
研究室の教授の講義や演習は休めなくて大変だ。
何本も講義を持っている都の教育委員会にも所属していた城嶋の担当教授も常に忙しくしている。
教育学部で国語教師を目指している城嶋にとって、研究室を決めるきっかけになったのは、
学習指導要領の編纂にも携わり、現場にも採用側にも人脈の多い教授に心酔したことだった。
コネはあるにこしたことはないが、教授の教育にかける思いには、純粋に尊敬しているのだ。
教師になることは城嶋が高校生の頃からの目標であるが、それとは別に、もうひとつ夢があった。
高校時代の城嶋は勉強よりも部活に打ち込んでいた。
汗と涙と泥にまみれた高校球児だったのだ。
夢破れて甲子園には行けなかったけれども、城嶋は後進の指導にあたりたいと考えている。
中学か高校で野球部の顧問になりたいというそれが、城嶋のもうひとつの望みなのである。
だから、大学に入学してまず城嶋は野球サークルに入部した。
3年生になった今はチームの中心的存在として、信頼をあつめている。
日々が夢の実現の為に、充実しているのだ。
高校時代は男子校だったからお目にかかれなかった「マネージャー」もサークルには何人かいる。
そのうちの一人、上田リサは2年生だが学部も学科も同じため、サークル外でも顔を合わせることが多い。
現に今も、同じ講義を受けていたハズだ。
リサは小学校の教員志望だったっけ、となんとなく考えてみる。
「城嶋さん、ちょっといいですか・・・」
リサだ。
「ああ、どうしたの?」
「私、どうやって教材研究したらいいのかわからないんです・・・教えてください!」
学校で授業をする際に、まず教師は今回使う教材をよく読みこむ。
国語の物語教材−例えば「ごんぎつね」だったら、段落構成、語り口、場所、ごんはどうしていたずらをしたのか、
ラストで兵十はどう思っただろうか、といった分析を行う。
それから、取捨選択して児童生徒に何を中心にその教材で教えるのかを決めるのだ。
一般に10割研究したうち教えるのは1割でいいとされる。
何を核に面白く、力になる授業を作り上げるかが教師の腕の問われるところなのだ。
だが、まだまだ教育の方法を学び始めたばかりの2年生くらいでは教材研究さえ難しい。
やり方がわかっていないのだから。
自分もそうだったなと思い返して、城嶋はリサのお願いをきくことにした。
頼られるのに悪い気持ちはしない。
城嶋にとって、リサは大学の後輩であり、同じサークルのメンバーであり、アルバイト先である塾の同僚の講師であるという、ただそれだけだった。
すべては城嶋の意図したことではなく、偶然である。
彼は、単純に気の置けない後輩ができたことを好ましく思っていた。
しかし、「ただそれだけ」というには、共通点が多すぎたらしい。
「城嶋って、上田とどういう関係なの?」
「どういう意味だよ、それ。」
「だからさ、付き合ってんの?よくメールしてるじゃん。」
「そんなんじゃねーよ。」
同性であればそれほど問題はなかったのかもしれない。
だが、異性であるふたりの共通生活スペースの多さに、期待と好奇心を含んだ勘ぐりをする輩が現われ始めたのは、至極自然な流れであったのだろう。
妙な噂話が広がり始めていることに、城嶋も薄々気づいてはいたものの、ふたりの関係は先輩と後輩というもの以外ではありえない。
面倒見の良い城嶋は、彼女に限らずかわいい後輩の大学の講義や実習の相談にものっている。
彼女だけ特別あつかいしているわけでもないのだ。
ただの噂話に踊らされることもないだろうと、城嶋はしらんふりを決め込んでいるのだった。
◆ ◆ ◆
そうして、城嶋とリサの関係は、ふたりを知る人々の注目を勝手に集めたまま、何の変化もなしに新年度を迎えることになった。