【青い街灯の下で】
第二章 城嶋 2
新年度、上田リサは城嶋と同じゼミに入った。
今度こそ、何かあると思った輩も多かったに違いない。
面白半分にリサとの関係をからかわれることも少なくなかった。
しかし、彼女は随分前からゼミを決めていたようであり、「城嶋がいるから」という理由ではないことは確かであるように思えた。
もちろん、仲の良い先輩が同じゼミに所属しているのは心強いものであるし、ゼミ決定の一要素にはなりうる。
城嶋だってさんざん遊びまわった先輩や悪友たちが同じゼミなのだから、その気持ちはよくわかる。
自分を「心強い頼れる」存在としてくれているのなら嬉しい限りだ。
周囲が期待するような発展はふたりの間には未だ皆無ではあるけれど、
城嶋にとっては「やさしい先輩」と「かわいい後輩」というその関係だけで満足なのだ。
◆ ◆ ◆
「城嶋さん!」
塾を出ようとしたところで、よく知る声に呼びかけられて、城嶋は歩みをとめて振り返った。
既に彼女はすぐ傍まできていた。
息を切らしている。
そんなに急いでオレを追いかけてきてくれたのか。
高揚する気持ちを抑えながら、城嶋は尋ねた。
「どうしたの?」
「はい、あの、あぁ、城嶋さんが帰る前に会えてよかったです!
ちょっと聞きたいことがあって・・・はぁはぁ、えっと、これです!!
おつかれのところ本当にすみません。
でも、目を通してもらえませんか?」
どうやら、城嶋と組んでいる授業の相談らしい。
今回メインで授業をするのはリサだから、かなり緊張しているようだ。
万全の準備をしたいのだろう。
オレだってはじめての授業のときは、眠れなかったもんな。
こうして熱心に取り組んでいる彼女をほほえましく思う。
気兼ねなく相談してくれるんだな。
「うーん、この学習指導案、ちょっとやりたいことが多すぎるんじゃないかな?
小学校の授業時間は45分だし、いくら模擬授業の相手は大学生と云っても無理がある気がするな。」
「やっぱりそうですか・・・どうしても、あれもこれもやりたくなっちゃって。」
「その気持ちはオレもよくわかるよ。
でも、盛り込みすぎて結局何がしたかったのか子供たちに伝わらないんじゃ意味ないよ。
活動は一つに絞って、なるべくシンプルにわかりやすく。」
「はい。もう一度考えてみます。」
「うん。でも、学習指導案自体はよく書けているよ。
難しいだろうけど、子供を想定して授業のイメージをするといいよ。
まあ、はじめてなんだし、巧くやろうとするよりチャレンジ精神が大切だよ。頑張れよ。」
「はい!先輩に聞いてよかった〜。頑張ろうっと!!」
◆ ◆ ◆
「何か用?」
「いいえ、何でもないです・・・そうだ!城嶋さん、次のサークルの――」
最近、いつもこうだ。
ちらちらとこちらを見ては何かを言いたそうにしているから、声をかけてみれば、はぐらかされる。
はっきりと物を言う彼女らしくない。
オレに何か言いたいのだろうか?
リサの視線に気づいて以来、城嶋はリサのことばかり考えてしまっている。
彼女のもの言いたげな視線、なのに対峙するときにはそらされる目線。
今日こそは何か言ってほしいと、会えば思わず口元を見るようにまでなってしまった。
リサの唇はイチゴのように甘酸っぱそうだ。
これでは噂を真実にしてしまうかもしれないと感じ始めながら、どうしても気になる気持ちはとめられない。
戸惑いながら、城嶋は今夜も塾からの帰り道、青い街灯の灯りに照らされるのだった。